あるがままに受け容れることが感情を溜めないことはわかりましたが、今まで溜めてしまった感情が苦しみや精神障害を引き起こしています。
その問題を引き起こす過去の感情を比較的短期間に掃除する方法が感情の浄化法です。
何をやるかといえば、過去にあった嫌な状況を思い出して、そこで生ずる感情を否定せずにあるがまま受け容れてゆきます。
それはつまり今まで溜めてしまった嫌な気持ちをまとめて味わうことで、同時にあるがままに受け容れる習慣作りにもなります。

ここでは一人でやる感情の浄化法で、自分の気持ちをノートに書き込んでゆく「筆記式浄化法」をご紹介します。
一人一人相手を思い出して順番にやりますが、人以外に例えば恐怖感のようなものを浄化するのであれば、恐怖を感じる状況を思い出してやります。
蓄積された感情は様々な感情が玉ねぎの皮のように積み重なっているので、一番心の重荷になっているものから優先的に浄化します。
それが解消すると、その次の感情を重荷に感じますから、常に一番重荷になっている感情を浄化してゆけば心はだんだん軽くなってゆきます。
それらの感情の核にあるものが両親との関係で、それは自分の人生全体に大きな影響を与えますから、重点的に浄化することが望まれます。
親が亡くなっているか生きているかは関係ありません。


準備するものは大学ノートとボールペン、そして涙を拭くタオルです。
相手を決めて、嫌な思い出のある情景を1つ思い出します。
人間の記憶はイメージだけで、それはビジョンや体感など五感の印象として出てきます。
その情景を思い出すと、そのときの気持ちがよみがえりますので、その気持ちをそのままノートに書き込んでゆきます。
「悲しい」「畜生!」「殺してやる!」などのように気持ちのままを書き続けます。
涙が出たらそれを抑えずに涙のままでいます。
大切なことは嫌な気持ちをキープすることで、これまで嫌な気持ちを否定してきたのとは反対に、嫌な気持ちを全面的に歓迎し、解放してあげます。
そしてその気持ちに留まりながらノートを書き続けます。
気持ちのままに書きますから、同じ言葉を何度書いても構いません。

それを繰り返しているうちにだんだん気持ちが薄れてくるので、気持ちがわからなくなれば、また最初から同じ情景を思い出して気持ちを書きます。
その情景で気持ちが湧かなくなれば、同じ人の別の情景を思い出して同じように繰り返します。
記憶に残るその人のすべての情景で感情が何も湧かなくなるまで繰り返すと、最後にはその人に対する気持ちのわだかまりがすべて消えて、心の中に許しを生じています。
過去の嫌な記憶は感慨のない化石のような記憶になって、そのうち思い出すことがなくなるでしょう。
相手が一人なら、集中してやれば数日で結果が出ますから、自分で体験的に効果を検証することができます。
その効果は逐次積み重なっているので、途中であっても前の気持ちと比較すれば、楽になっていることがわかります。
そこから逆戻りすることはありませんので、時間を分けてやっても大丈夫です。

集中して浄化をする場合は、1時間ごとに水を飲んで、吐く深呼吸を10分ほどやります。
その時呼気と共に身体に溜まった汚れを放出し、吸気と共に新鮮な生命エネルギーを身体に満たすことをイメージします。
水はソフトドリンクではなく真水です。
ノートは何冊使っても構いませんが、最後は人に見られないように処分してください。
一人の浄化が終われば、次の人、次のことと浄化を続けます。


もし自分でコントロールできないほど感情が高ぶったり、パニックなどの心身症状が出るようであれば、症状の出ない情景に変えるか相手を変えるかして、軽いものから慣れていってください。
蓄積した感情は人によって千差万別で、精神障害の原因を詰め込んだ倉庫のようなものですから、自分の手に負えなければカウンセラーに頼んでください。
自分の手に負えなくなったのは、これまで嫌なものを避け続けてきたツケが溜まったものですから、ここで覚悟を決めて自分の生き方を変えるしかないわけです。
これ以上ツケを溜めないためにも、腰を据えて嫌な人嫌なもの嫌なこととちゃんと向き合うことです。


補足
2015.03.07

このサイト(ブログ)を書きあげて3年が経ちましたが、一番アクセスの多いのが感情の浄化法で、興味がここに集中していることがわかりました。
また感情の浄化法はうまくゆく人とゆかない人がいることもわかってきました。
うまくゆかない人には共通する誤解があるので、いくつか補足を加えておきます。


感情の浄化法は他力本願

まずこれは自分で苦しみを取り去る方法ではありません。
この方法が苦しみを取り去ってくれるのではなくて、この方法を使って自分が変わることによって自然に苦しみがなくなってゆくというものです。
よく読めばわかるはずですが、苦しみを全面的に受け容れる自分に変わる方法が感情の浄化法なのです。
ですからここでやろうとしていることは苦しみを取り去ることとは正反対のことです。

感情の浄化法は仏教やヒンズー教の他力本願(ゆだね)からくるもので、本来信仰がなければできないことですが、神ではなく治癒力という考え方に置き換えることができれば、エゴを放棄することによって自然に治癒力が働くようになります。
これはその治癒力を働きやすくしようとするものです。
それは即ち神が治してくれるという意味で、神が自分の中で働くにはエゴの放棄・・・全託が不可欠なのです。
たとえば親が赤子を命がけで守るのは赤子が何もできないからで、赤子が自分の命を親に全託するから親は命がけで守ります。
しかし子供が成長して自分で自分を守るようになると、親は子供に手出しができなくなります。

それと同じように、自分がじたばたすることを放棄して、自然の治癒力に全面的にゆだねが行われたときにこの方法は成功するのです。
ですから神を信じる必要はありませんが、少なくとも自然の力に畏敬を抱く謙虚な人でなければこれはうまくゆきません。
自分でじたばたしたい方は、それを全部やり尽くしてギブアップしてからこの方法をやってください。
ここでやろうとしていることは苦しみを受け容れることなので、苦しみを取り去ろう自分を守ろうとエゴがもがいている限りこの方法はうまくゆきません。

またこれは苦しみとは直接関係のない自己改革法なので、これをやっても自分で獲得するものは何もありません。
成果はすべて自然から授かるもので、それがうまくゆく人とゆかない人がいる理由です。
理屈で言うとこのように難しい話になってしまうので、もしわからないことがあれば自分で解釈するのではなく、書かれている文字の通り素直にやってください。


新しい感情の浄化法


感情の浄化法は感情を感じることが目的で、気持ちを筆記するのはその手段に過ぎないのですが、筆記することが目的化すると感じるのではなく思考を暴走させて逆効果になります。
恨みを込めて思考を繰り返すと、それは呪いと同じことになるので特に注意してください。
それは感じることと考えることの区別がつかないからで、一方的な書き言葉だけでは適切な指導が難しいので、この方法の前に行動して感じる習慣を身に付けることが望まれます。
そして感じることと考えることの違いが十分わかってから感情の浄化法に入ることをお勧めします。
精神障害で苦しんでいる人はもともと考えが暴走していて、感じることがなくなっています。
感じるものは胸の中から込み上げてくる気持ちですから、何度も確認してその意味をよく解ってからやるようにしてください。
その辺の誤解を防ぐため、ホ・オポノポノ風にアレンジした新しい感情の浄化法を載せておきますので、うまくゆかない方はこちらでやってみてください。

準備するものは空のペットボトルと涙を拭くタオルです。
相手を決めて、嫌な思い出のある情景を1つ思い出します。
人間の記憶はイメージだけで、それはビジョンや体感など五感の印象として出てきます。
その情景を思い出すと、そのときの気持ちがよみがえりますので、その気持ちを感じながら次のような言葉を繰り返し自分に投げかけます。・・・これは自分の言い方にアレンジして構いません
「よく我慢してくれましたね」 「大歓迎です」 「もう自由ですよ」 「そのままでOK!」

気持ちとは、悲しみとか怒りとか恐怖感のような胸から込みあげる感情です。
涙が出たらそれを抑えずに涙のままでいます。
怒りがあればそれも抑えずに空のペットボトルで怒りを表してもよいです。
大切なことは嫌な気持ちをキープすることで、これまで嫌な気持ちを否定してきたのとは反対に、嫌な気持ちを全面的に歓迎し、解放してあげます。
それを繰り返しているうちにだんだん気持ちが薄れてくるので、気持ちがわからなくなれば、また最初から同じ情景を思い出して気持ちを感じ続けます。

その情景で気持ちが湧かなくなれば、同じ人の別の情景を思い出して同じように繰り返します。
記憶に残るその人のすべての情景で感情が全く湧かなくなるまで繰り返すと、最後にはその人に対する気持ちのわだかまりが消えて、心の中に許しを生じています。
過去の嫌な記憶は感慨のない化石のような記憶になって、そのうち思い出すことがなくなるでしょう。
相手が一人なら、集中してやれば数日で結果が出ますから、自分で体験的に効果を検証することができます。
その効果は逐次積み重なっているので、途中であっても前の気持ちと比較すれば、楽になっていることがわかります。
そこから逆戻りすることはありませんので、時間を分けてやっても大丈夫です。

集中して浄化をする場合は、1時間ごとに水を飲んで、吐く深呼吸を10分ほどやります。
その時呼気と共に身体に溜まった汚れを放出し、吸気と共に新鮮な生命エネルギーを身体に満たすことをイメージします。
水はソフトドリンクではなく真水です。
一人の浄化が終われば、次の人、次のことと浄化を続けます。